大判例

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名古屋高等裁判所 昭和36年(ネ)171号 判決 1962年5月21日

控訴人 原告 岐阜県教職員組合 外一名

訴訟代理人 浪江源治 外六名

被控訴人 被告 岐阜県知事

訴訟代理人 吉井規矩雄 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を岐阜地方裁判所へ差し戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに立証関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

一、新しい憲法および地方公務員法のもとにおいては、地方公務員の職員団体の団結活動の権利の保障についてその諸活動の自主性が尊重されなければならず、右団体の日常業務は加入職員数の増大職員配置の地域的状況、支部分会組織の形態によつて多種多様となり業務量も増加すること多言を要せず、これら業務の遂行に当つては右団体の業務に専従する者を必要とすること明らかでそのための専従休暇は職員団体の団結活動の権利と不可分の権利性を有するのである。職員団体の諸活動は機関役員の活動によつて支えられているものであり、とりわけその中核となつてこれを推進するものが専従者たる機関役員であつて、かかる専従者を何名おき、だれを選び、どこに配置するか、どれだけの期間その地位におくか等の問題はひとえに職員団体の自主的に決定し得るものでなければならないところで、専従役員の選出に当つて当局がこれに支配介入することは特段の具体的な合理的必要性-公務の支障-ある場合の範囲をこえるならば団結権侵害行為であつて憲法第二八条に違反することとなる。されば職員団体の団結意思の決定にもとづき専従休暇の申出をなす場合服務監督権者がその不承認処分をなし得るのは特に余人をもつては替えがたい公務支障の存する場合に限らるべく、その処分は自由裁量に属するのではなく当然、覊束的なものである。

右のような専従休暇に対する見解からすれば、たとえ、手続上市町村の専従休暇条例にもとづいて専従者にならうとする個々の職員が請求の手続をとるにしても、本来職員団体自体の団結意思により定まり、かつ、その直接的な利益は具体的に職員団体自体に帰属するものであるから、専従休暇請求権の本質は個々の職員の個別的な権利というよりも、むしろ団結体たる職員団体のもつ権利であり、職員よりその請求あつた場合服務監督権者においては特段の公務上の支障がない限りその承認を拒否できないという覊束性に照し形成権的性質を有するものであるから本件条例第四一条により控訴人らは直ちに具体的にその権利を侵害されたものということができるのである。

二、控訴人らはその団体活動を推進するため従来岐教組は支部(二四)に一五名、本部に一〇名計二五名、高教組は本部のみ四名の専従役員を配置してきたのであつて、その数は最低必須の条件として定められたものであるが昭和三五年度は本件条例のわくによつて規制され、岐教組は計一四名、高教組は四名、昭和三六年度に至つては一一名と二名に減少を余儀なくされ組合運営に重大な支障を来し組織そのものが重大なる局面にたたされている実情である。

そして、前記の従前の二五名と四名最低限度の専従役員の数は控訴人高教組の関係においては岐阜県条例第五号「職員団体の業務に専ら従事する職員に関する条例」にもとづき、控訴人岐教組の関係においては各市町村の同様の条例にもとづき、公務に支障ない限り与えられていたもので本件条例公布前その数につき制限規定はなかつたものの実際において控訴人らも各組合員の負担を最低限度に止めるため考慮して当局と団体交渉を通じて決定してきたしかかる従前獲得してきた組合業務遂行上欠くことを得ない最低限度の各専従者数を本件条例の制限規定により具体的に減少されたものであつて、控訴人らの権利を直接侵害するに至つたものである。

三、しかも、昭和三六年三月一日付岐阜県人事委員会規則第一号の本件条例施行規則の一部改正によると、その第六九条の三として専従休暇を承認しようとするときは(承認を留保しておいて)まず制限人数内になる様調整し、また調整できないときは抽選によるということになるのであつて、かかることが許されるはずはなくその根本は本件条例が本来規定できないこと、規定してはならないことを定めた結果であつて明らかに専従者の数の制限の方法その実施の手続において本件条例の誤りがあらわれているのである

と述べた。

被控訴代理人は右主張を否認した。

証拠として、控訴代理人は甲第七ないし第一〇号証を提出し、被控訴代理人は甲第七、第一〇号証の成立を認め同第八、九号証は不知と述べた。

理由

控訴人らが本件訴訟において求めているのは、昭和三四年岐阜県条例第五四号「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例」について被控訴人が同年一二月五日なした公布処分中第四一条に関する部分の無効確認または取消であつて、これにつき、原審が右はいずれも裁判所法第三条第一項にいう「法律上の争訟」に該当しないとの理由で本件訴を不適法として却下したのに対し控訴人らにおいてこれを不当として本件控訴を提起したことが明白であるから、この点につき考察する。

裁判所法第三条第一項は裁判所の権限について「裁判所は日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する。」旨を規定している。その法律上の争訟とはある特定の主体間に生じた具体的な法律関係の存否または権利義務に関する紛争事件をいい、裁判所はかかる具体的な争訟事件の提起を受けてはじめて司法権を発動し事実の認定、法規の適用をなし有権的な解決をなすのであつて、かかる具体的な争訟事件を離れて抽象的な法規一般の有効無効を判断する権能を有するものではない。

条例は憲法第九四条による授権により地方公共団体が法律の範囲内で制定し得る自主法であり、その内容が一般的な抽象的法規範である限りそれ自体で当該条例の対象者に対し直接具体的な法律関係または権利義務の法律的変動をおこすものではなく地方公共団体の長が地方自治法第一六条第二項の再議その他の措置を講ずることなく同公共団体の議会の議長より送付を受けた条例を公布したとしても、該条例の内容がその公布行為により内容的効果を変更して抽象的法規範たるものが当該対象者に対し直接具体的な法律関係または権利義務の法律的変動をおこすにいたるわけのものではないから、いわゆる具体的争訟事件の提起を前提とすることなく、直接かかる条例の議決制定行為の効力を争うことは裁判的本来の権限の対象となり得ないのはもちろん、立法の付随的過程たる当該条例の公布行為のみを把えてその効力を争うことも同様に裁判の対象となり得ないものと解する。

しかし、右は原則論であつて、例外として、条例という法規範の形式を備えても、その実質が単独立法的な内容を有し当該条例の実質的効果が特定の対象者に対し直接具体的な法律関係または権利義務の法律的変動を与えるような場合には、条例そのものを一種の行政処分と同視してこれを行政訴訟の対象としてその効力を争うことが許されるものと解することができよう。

このような次第で、ある特定の条例が前記説示の抽象的法規範的性質を有するかまたは行政処分的性質を有するかについては、一見その区別が明白でない場合もあり得るのであつて、本件においては被控訴人のなした本件条例の公布行為が抽象的法規範の公布に属するかまたは具体的な行政処分に属するかということが主たる争点というわけである。

そこで、本件条例をみるに、その第四一条は、

1、職員は職員団体の業務に専ら従事する場合には、公務に支障のない限り人事委員会規則の定めるところにより専従休暇を受けることができる。

2、専従休暇を与えることのできる職員の数は職員団体の構成員となることのできる職員の総数を千で除して得た人数(一人に満たない人数の端数は一人とする。)をこえることができない。

3、専従休暇の期間は一日を単位として一年をこえない範囲内とする。ただし、三年をこえない範囲内でこれを更新することができる。

と規定しており、これを同条例の第二条、第三六条等と照して考察すると、右第四一条は地方公共団体たる岐阜県に勤務する職員の特定の者のみを対象者とするものではなく、本件条例の公布当時におけるすべての同県勤務一般職員および同条例公布後同県の職員となるべき不特定の者を対象者とし、その在籍専従休暇に関する手続、その職員の数、その期間等を規律する一般的抽象的な法規範たる性質を有するものであり、本条例の制定公布自体により特定の職員の専従休暇の権利義務につき直接具体的な法律的変動を与えるものでないことは明白である。

しかし、右在籍専従者の数および期間については従来同県条例に規定がなかつたところであり、また右第四一条が地方公務員法第二四条第六項の勤務条件に関する規定として県費負担教職員については地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四二条を根拠法として制定されたことは、従来これが地方公務員法第三五条のいわゆる職務専念義務の免除として服務監督機関所属の地方公共団体制定の条例(県費負担教職員については市町村の条例)により定められてきたところと異なるものであることは本件記録により明白であるから、本件条例第四一条がその規定上直接の対象者としていない控訴人ら職員団体に対しどのような法律的効果を及ぼすかを考察しなければならない。

そもそも、わが国の在籍専従制度が終戦後の労働組合の発展と密接な関係にあり在籍専従者が組合活動に必要にして欠くべからざるものであることは争えず、そのことは特に教職員の団体においては顕著であつたといえるのであつて、地方公務員法(第五二条)には公共企業体等労働関係法第四条第三項あるいは地方公営企業労働関係法第五条第三項のような「職員でなければその職員団体の役員となることはできない」という明文はないが、それにもかかわらず地方公務員法についても右の二法と同様の行政解釈をとる当局が多い関係からも、現実として在籍専従役員が地方公務員の職員団体の活動の中核をなしているということは否定できないところである。

したがつて、職員個人を対象とする専従休暇の問題はすなわちその所属職員団体の問題であり、専従休暇を申し出た当該職員はその個人の恣意や希望のみによつて職員団体の業務に従事するのではなく、むしろその団体の意思にしたがつて行動すべきものであるから右専従休暇の申出は当該職員団体が手続上職員個人の名においてなすものとみるのが実情にそうところであり結局職員個人に対する専従休暇の制限的規定は一面その専従者を保有し得る職員団体自体の法律上の利益に関係するものということができる。

しかし、控訴人ら職員団体の有する団結権および団体交渉権(協約締結にいたらない)といえども、憲法第一二条により公共の福祉のためある程度の制限を受けることもやむを得ないところであり、かかる権利は絶対無制限の性質を有しいかなる法規をもつてしてもいささかの制限をも許さないという独自の見解を採るならば格別そうでない限り、前記説示のように一般的抽象的な法規範を内容とする本件条例第四一条の公布を目して直接具体的に控訴人らの右権利を侵害したものと即断することはできない。

果してしからば、控訴人ら職員団体はもちろん、その所属職員個人においてもいわゆる具体的争訟事件の提起を前提とすることなく直接本件条例の制定公布の効力を争うためこれを行政訴訟の対象となし得ないものといわなければならない。

言い換えれば控訴人ら職員団体またはその所属職員らが裁判上これら条例の効力を争いうる段階は本件条例第四一条にもとづく具体的行政処分が行なわれ、その処分に違法の点ありとして裁判所に対し当該職員またはその所属職員団体から具体的な争訟が提起された場合であつてこの場合には裁判所は該事件に適用すべき法規としての本件条例の効力につき審査判断を示す職責を有するものといわなければならない。

さらに、詳しく説明すれば、職員は本件条例第四一条第一項の規定にもとづき公務に支障ない限り所定の手続を経て専従休暇を受け得られるものというべく、その「公務に支障ない限り」というのは、休暇を申し出る当該職員が余人をもつてしては替え難い者である場合等公務の遂行に具体的支障を与える場合を除いてという意味に解すべきであり、当該職員の任命権者(法律上の服務監督権者と異なるときはその服務監督権者以下同様)においてはかかる公務に支障のない限り当該職員の申し出た専従休暇を承認しなければならないのであつてかかる意味において当該行政庁の右承認処分はいわゆる覊束的行政処分であると解すべく、全くの自由裁量的行政処分で司法審査に親しまないものとはとうてい解し得られない。したがつて、当該職員の任命権者たる岐阜県教育委員会あるいは市町村教育委員会において、右のような性質を有する専従休暇申請に対し違法な不承認処分をなした場合、それは当該職員個人のみならずその所属する職員団体もその団体自体の団結権ないし団体交渉権の活動を具体的に直接侵害されたとしてその処分の取消等を求めるため出訴し得べく、かかる争訟においてはじめて本件条例の効力を争いうるものである。

労働組合等がその所属組合員の賃金請求、解雇無効を組合自体の固有の権利として争うことはできないというのが判例の大勢であるが、右のような専従休暇の申請は専ら団体自体の利益のためになされるものであるから、趣を異にし前記見解の支障となるものではない。

したがつて本件請求は裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟に該当せず、不適法として却下を免れない。

よつて、結局これと同旨の原判決を相当として本件控訴を棄却すべく、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

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